ことわざ「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とは?意味・由来・使い方を解説

📝コトノハ綴り

こんにちは、yuuです。
良かれと思って頑張ったのに、やりすぎてかえってうまくいかなかった。そんな経験はないでしょうか。
仕事に熱中しすぎて疲れてしまったり、健康のための運動で無理をして体を痛めてしまったり。何かを一生懸命にすることは大切ですが、度を越すと本来の目的から遠ざかってしまうことがあります。

そんな「やりすぎ」に対する戒めを表したことわざが、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」です。

少し長く、古風な響きのある言葉ですが、そこには「ほどよい加減」を大切にする考え方が込められています。
今回は、このことわざの意味や由来、現代での使い方について、わかりやすく解説していきます。


意味

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」は、何事も度を越してしまうことは、不足していることと同じように良くないという意味のことわざです。

読み方は、「すぎたるは なお およばざるが ごとし」です。

言葉を分けて見てみると、意味がつかみやすくなります。

  • 過ぎたる:度を越していること
  • 及ばざる:十分なところまで届いていないこと
  • 猶(なお)~が如し:やはり~と同じようなもの

つまり、「多すぎても、少なすぎても、適切ではない」ということです。
単に「やりすぎないほうがいい」という戒めではなく、多いか少ないかではなく、その場に合った加減を見極めることの大切さを表しています。

適量の水で元気に育つ観葉植物と、水を与えすぎて葉が黄色くしおれた同じ植物を左右に比較したイラスト
足りないより多いほうがいい、とは限らない。水やりにもほどよい加減があります。

由来

このことわざは、中国の古典『論語』の「先進篇」に由来します。

孔子の弟子である子貢(しこう)が、
同じく弟子の子張(しちょう)と子夏(しか)のどちらが優れているかを孔子に尋ねたことから、
この言葉が生まれました。

孔子は二人について、子張は「過ぎている」子夏は「及ばない」と評します。

そこで子貢が、では子張のほうが優れているのかと尋ねたところ、孔子は「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と答えました。

やりすぎているからといって、足りない人より優れているわけではありません。
どちらも望ましい状態から外れているという点では同じだ、という考えです。
「多いほうが少ないより良い」という単純な比較では測れないところに、この言葉の特徴があります。


なぜ「やりすぎ」と「足りない」が同じなのか

「やりすぎ」と「足りない」では、正反対のようにも思えます。
それでも同じように良くないとされるのは、どちらも本来必要とされる程度から外れているためです。

たとえば、人に親切にすることは良いことですが、相手が望んでいないところまで世話を焼けば、お節介に感じられてしまうことがあります。

慎重に考えることも大切ですが、考えすぎて何も行動できなくなれば、本来の目的を果たせません。

ほかにも、

  • 働きすぎて体調を崩す
  • 勉強しすぎて睡眠時間を削ってしまう
  • 心配するあまり相手に何度も連絡する
  • 節約を意識しすぎて必要なものまで我慢する

など、身近なところにも「やりすぎ」はあります。
良いことだからといって、多ければ多いほど良いとは限りません。

「ほどほど」というと消極的な印象を受けることもありますが、状況を見ながら行きすぎないところで調整するのも、ひとつの判断力といえるでしょう。


「中庸」の考え方とのつながり

あわせて知っておきたいのが、「中庸(ちゅうよう)」という考え方です。

中庸とは、一方に偏りすぎず、その場に応じた適切なあり方を大切にする考えです。
ただし、単純に「何でも真ん中を選べばよい」という意味ではありません。

必要な行動や程度は状況によって変わります。
そのため、決まった中間点を選ぶのではなく、そのときどきでふさわしいあり方を考えることが重要になります。

「過ぎても足りなくても良くない」という教えも、こうした中庸の考え方に通じています。

深夜、自宅の机で資料やメモに囲まれ、疲れた表情でノートパソコンに向かい続ける女性のイラスト
「もう少し」と頑張り続けるうちに、いつの間にか無理を重ねてしまうことも。

似ていることわざ・関連表現

近い考え方を持つ言葉には、次のようなものがあります。

  • 薬も過ぎれば毒となる:体に良い薬でも、度を越せばかえって害になること
  • 腹八分目に医者いらず:食べすぎず、適量にとどめることが健康につながるという意味
  • 中庸:どちらか一方に偏らず、適切なあり方を保つこと

一方、「大は小を兼ねる」は、大きいものは小さいものの役割も果たせるという意味です。

「多いほうが役に立つ」という考え方を含むため、
「多ければよいとは限らない」という今回の教えとは、少し違った視点を持つ表現といえます。


現代にも通じる「ほどほど」の大切さ

古代中国から伝わった教えですが、現代の暮らしにも当てはまる場面は少なくありません。

仕事では、責任感が強いほど「もう少し頑張ろう」と無理をしてしまうことがあります。
健康管理でも、食事制限や運動を徹底しすぎれば、かえって心身の負担になることがあります。
人間関係でも、相手を思う気持ちが強すぎることで、必要以上に口を出してしまうことがあるでしょう。

大切なのは、努力や親切を控えることではありません。
「もっとやれば、もっと良くなる」とは限らないことを知り、必要なところで立ち止まることです。

「もう少し」と思ったときこそ、本当にそこまで必要なのかを考えてみる。
そんな小さな立ち止まりが、やりすぎを防いでくれるのかもしれません。


まとめ

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」は、何事も度を越すことは、不足することと同じように良くないという意味のことわざです。
『論語』に記された孔子の言葉に由来し、単純に多ければ良いわけではないことを伝えています。

頑張ること、慎重になること、相手を思いやること。どれも大切ですが、行きすぎれば思わぬ結果につながることがあります。
何事にも、そのときにふさわしい加減があります。

このことわざは、つい「もっと」と考えてしまうときに、やりすぎていないかを振り返るきっかけを与えてくれる言葉です。

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